ネエさんの扉8「トルコ、ウルルン滞在記、涙の別れ」
訳あってトルコの知人のアパートに3週間弱ステイしていたワタシ。
3Kほどのアパートには、仲良し4人組がシェアしていて、その一部屋をワタシと友人と子供の為に空けてくれました。
18~25歳の年齢の彼ら。
本当に関心するほど朝早くから働いて(週6日)、疲れた顔一つ見せず帰ってきて、鼻歌まじりで楽しそうに夕飯を作ってチャイを飲む。
そんな生活。
学校は小学校まで。その後は家族の為に働く。それが普通。
英語なんて分からない。字もあまり上手く書けない。
だから生活は完全にトルコ語でした。
言葉がうまく通じないのに彼らは本当に親切で、いつも手料理とチャイを笑顔でふるまってくれました。
帰国まで1週間をきったくらい、私は何か彼らにプレゼントをしたいと思った。
ただ何かを買ってあげるのでは伝わらない・・・、では作ろうではないか。
1日多い時で10杯は飲むチャイ。
それなのにそのアパートにはコップが3つしかなかった。
チャイカップをあげよう。それに漢字で彼らの名前を描こう。
それから毎日、夜な夜な少しずつ書きあげたチャイカップとチャイトレー。
そして帰国前夜、本当に親切にしてくれてありがとう、という感謝の気持ちをなんとか伝えたかった私は、下手なトルコ語で手紙を彼らに書いた。
彼らがたまっている部屋に行き、手紙を読んでチャイカップのセットを差し出した。
すると・・・「書いたの!?」と驚き、いつも陽気で笑顔な彼らが黙り込み、黙って日本語の辞書をひきだした。
「感謝、」
「ありがとう、」
「さみしい、」
と、涙を浮かべながら一つ一つ日本語で言ってくれた。
特に、4人の中で一番シャイで、話す時ももなかなか目を合わせてくれなかったアディル。
そのアディルが涙を浮かべながら私の目を真っ直ぐ見て、はっきりとした口調で
「ありがとう」
と言ってくれた。
涙が流れた。
決して裕福では無く、お金に余裕があるわけでもないのに、いつも彼らは、これ美味しいよ!これ美味しいよ!と果物やトルコのお菓子を仕事帰りに買ってきてくれていた。
彼らは人をもてなす事や、人に優しくするという事が、本当に本当に当たり前の事であって、それをする事によって、見返りを要求するわけでもなく、自己満足するわけでもなく、ただただ心が温かいのであった。
私にとって、トルコで見た美しい風景や、活気溢れる市場の楽しさなど、どれも良き思い出ではあるが、なによりトルコの人達の温かさが私の中で一番強く残っている。
ネジム、ムスターファ、アディル、エムラ、優しさをありがとう。
また会う日まで。


